リヴネから次の目的地「チェルノフツィ」へ移動する。
目的地と言っても何かするわけではなく、ルーマニアへ行くための経由地だ。
ウクライナからルーマニアに抜けるルートはいくつかあるが、そのうち旅行者が通れるのがこのチェルノフツィからだけらしい。
そういう訳で、朝8時頃にリヴネのバスターミナルに行った。
本当なら前日にチケットを買ってく方が良いが、愛のトンネルで身も心を疲れたのですぐに寝てしまっていた。
バスターミナルに着くと大抵は誰かしらが声をかけてくるので、スマホの地図を見せながら「チェルノフツィ!チェルノフツィ!」と行き先を連呼する。
英語の通じない国では、バスや鉄道に乗るときはこの方法を使う。
と言っても、英語が通じたところでたいしてすることは変わらない。
「チェルノフツィ行きのバスはあっちだ」と指差した方向へ進むと、エンジン音を鳴らし今にも発車しそうなバスが停まっていた。
やや駆け足で近づき「このバスはチェルノフツィ?」と、ジェスチャーを交えながらドライバーに聞いてみるが、ウクライナ語で捲し立てるように説明され何一つ理解できない。
が、なんとなくチェルノフツィっぽい単語が聞こえたのと、ドライバーにとにかく乗るように促されたのでとりあえず乗ってみると、それから1分もしないうちにバスは出発した。
バスの中は7,8人くらいしかおらず、かなり空いていた。
適当に後ろの方に座ると、通路を挟んで反対側の椅子にとても優しそうな雰囲気の男性が座っていたので、「このバスってチェルノフツィ行きですよね?」と尋ねると、残念そうな顔をして首を横に振った。
なんでもこのバスは「チェルノフツィ」ではなく「テルノピリ」へ行くらしいのだ。
全く違う名前に思えるが、発音されるとほとんど同じに聞こえてしまう。
これはまずいと思ったが、幸い「テルノピリ」は「チェルノフツィ」へ行く途中にあるので、そこでチェルノフツィ行きのバスに乗り換えれば大丈夫とのことだった。
おそらくドライバーもそれを知っていて、早くバスに乗るように促したのだろう。
4時間ほど走り、バスはテルノピリに着いた。
次々と降りていく乗客を見ながら、さてどうしようかと考えていると、「こっちに来い」とドライバーが手招きした。
待ってましたとばかりにドライバーに着いて行く。
20mほど離れたところに停まっていたバスまで連れてこられると、ドライバー同士が何かを話している。
おそらく「こいつをチェルノフツィまで運んでくれ」みたいなことを言っているのだと思うが、なぜだろう輸送される貨物になった気分だ。
無事にバスを乗り継ぎチェルノフツィへ向かう。
このドライバーはとても親切な人で、休憩の度にトイレは大丈夫かとか喉は渇いてないかとか、いろいろ気にかけてくれたので、休憩の度にトイレに行ったし飲み物も買った。
ただ、このバスはかなり混んでいて、自分は最後列の5人掛けの座席の真ん中に座っていたのだが、自分以外の4人の男性がなかなか大柄なのだ。
なので、はたから見たら4人掛けの座席に無理やり自分が入り込んでいるようで、なんとなく肩身が狭く、物理的にも相当に狭かった。
両側から圧力を受けること4時間、チェルノフツィに到着。
計8時間の移動となった。
ここから国境を越えて、ルーマニアの「スチャバ」という街に移動する。
が、調べてみるとチェルノフツィからスチャバへ行くバスは1日1本しかなく、それも朝7時発らしいのだ。
と言うことは、明日は遅くとも6時には起きてバスターミナルには向かわなくては。
さらには、今日は遅くとも12時には寝なくては。
などと考えていたが、同じ部屋のアメリカ人に飲みに誘われ、結局4軒はしごして宿に戻ったのが深夜2時になってしまった。
ただ、4軒も飲み歩いたのに千円も使わなかったウクライナの物価は、驚異的と言わざるを得ない。
翌朝は9時過ぎまでぐっすりと眠り、行っても無駄だとわかっていながらバスターミナルに行ってみた。
バスターミナルは思っていたよりも大きくバスやタクシーがたくさん停まっていて、これはもしかしたらまだスチャバ行きのバスがあるのでは、と少し期待した。
そして、近くにいたタクシーのドライバーに「あの、スチャバに行きたいんですけど」と言うと、「スチャバ行きのバスはもうないよ」と。
はい、それはわかってます、と心の中で思いながら「え、そうなんですか!?」と驚いた顔をして、それから「なんとかなりませんかね」と言う顔をしてみた。
すると、「国境までなら連れて行ってやる。あとは歩いて国境を越えな」と思いがけない言葉が返ってきた。
相手はウクライナ語なので、実際な何と言っていたのかわからないが、ジェスチャーから判断するにおそらくこう言っていたと思う。
国境を越えてからはどうすれば良いの?と聞いてみたが、後のことは知らん自分で何とかしろ、と言われている気がしたので、とりあえず国境まで連れて行ってもらうことにした。
国境まではおよそ1時間半で到着。
ドライバーに「残ってるウクライナのお金を使うんだ」と言われ、近くにあった小さなカフェのようなところに連れて行かれる。
国境にこんな店があるんだなと思いながら、とりあえずお腹も空いていたのでパンとコーヒーを注文。
すると、ちゃっかりドライバーも同じもの注文して、「まあ良いじゃないか」と肩をポンポンと叩いてきた。
なんというかこのドライバー憎めない。
それから余ったお金をルーマニアのお金に両替するところを見届けて、ドライバーはっ帰って行った。
国境に1人取り残されてしまったわけだが、まあ歩く。
出国審査の手前には長い長い車の列ができていた。
皆、待ちくたびれているようで、車から降りてタバコを吸ったり道路脇の段差に座ってる。
その横を大きなバッグを転がしながら歩くと、当然だがかなりの視線を浴びる。
出来るだけ見ないようにして歩いていたが、だんだんそれが申し訳なくなってきたので、小声で「あ、こんにちはぁ」と言い、一台一台に軽く会釈しながら進んだ。
出国審査では審査官が何人かづつのパスポートをまとめて回収し、それらにスタンプを押して返す仕組みになっているようだった。
自分も横からパスポートを渡すと、なぜか別室に呼ばれた。
そこには少し偉そうな人がいて何か質問されたが、全く聞き取れなかったので適当に首を傾げたり頷いたりしたらスタンプを押されパスポートを返してくれた。
そこから歩いてルーマニアの入国審査へ向かう。
地面に線など引いてなかったので、どのタイミングで国境を越えたかわからなかった。
気がついたらルーマニアにいた。
入国審査も同様。
パスポートを預けてスタンプを押してもらう。
こちらは特に何か聞かれることもなく通過できた。
問題はここからどうするか。
おそらくここから一番近くて大きな街がスチャバだろうから、誰かしらは通るはず。
頼んで乗せてもらおうか。
それとも、歩けるところまで歩いてみようか。
と、あれこれ考えていたら、これまでに何十回聞いたかわからない「タクシー?タクシー?」という声が聞こえてきた。
まさか普通にタクシーがいる。
国境ってどこもこういう感じなのだろうか。
まあ、とりあえずスチャバへの足が確保できたので一安心。
ドライバーは細身のルーマニア人で、自分が日本人だと言うと「日本人!?何で日本人がこんなところにいるんだ?」と言われ「何でだろう、自分にもわからない」と答えると「じゃあ、どうして1人なんだ?」とこれまた答えるのが難しい質問をしてくる。
「友達が少ないからかな」と言うと、「そ、そうか」となぜか暗くなってしまった。
それから、給料はいくらかとか日本でスマホを買ったらいくらかとか、あれこれ聞いてきたが、単位をユーロで聞かれたのですぐに計算できず「うーん、だいたい〇〇ユーロかな」と答えると「日本はそんなに高いのか!?」とびっくりされたので、もしかしたら一桁間違えて教えてしまったかもしれない。
他にもたくさん話をしたのだがこのドライバーがあまりに車をとばすので、途中から会話どころではなかった。
いくら交通量のほとんどない一直線の道路と言えど、時速170kmを出した時は「まさか、離陸する気なのか?」と一瞬だけ思った。
それからも何度か離陸しかけたが、1時間して無事にスチャバの街に着いた。