ウクライナから国境を越え、ルーマニアのスチャバという街に着いた。
スチャバでは特に何かする予定もなかったので、着いた日に翌日のブカレスト行きの鉄道チケットを取りに行った。
スチャバ駅。
紙に「明日 ブカレスト 一枚」をルーマニア語で書きカウンターの女性に渡す。
女性はその紙の下の方に「時間 料金」を書き、再び自分に返す。
お金を払い、チケットを買う。
最後に覚えたばかりのルーマニア語のありがとうを言うと、女性は微笑んでくれた。
このほぼ無言のやりとりは言葉にできない気持良さがある。
広場。
名前を忘れてしまった。
左右の靴にそれぞれ4つほどローラーが付いていて、アイススケートのように滑るアレだ。
広場にはやたらその靴を履いている子供がいて、そして器用に滑っている。
懐かしいなと思いながら、自分も小学生の頃に友達に借りて初めて履いてみたが、「ハの字を逆さにしたように滑るんだよ」のアドアイスの意味がわからず捻挫したことを思い出した。
ついでに大学の頃に初めてスキーをした時、「八の字」の意味はわかっていたが滑る以前に寒さに耐えられず、ホテルの部屋でずっとぷよぷよをやっていたことも思い出した。
で、この子どもたちだが、なんとスーパーの中にまで滑べりながら入ってくるのだ。
さすがにそれじゃ買い物しにくいのではと思ったが、案の定軽やかに滑りながらホイホイと棚から商品をカゴに入れることはせず、かかと歩きしながらなんともやりにくそうに買い物をしていた。
今日泊まるのは、4人部屋のドミトリーと個室が一部屋だけの小さな宿。
ドミトリーにはどうやら自分しかおらず、とても広々と使えた。
個室には60歳くらいの女性がいて最初はここに住んでるのかと思ったが、聞くと彼女も世界を旅していると言う。
「安い航空券や宿はどうやって探しているの?」と聞かれたので、自分が普段使っているサイトを教えてあげた。
彼女からは宿にあった洗濯機と電子レンジの使い方を教えてもらった。
旅は持ちつ持たれつだな、と少し思った。
それにしても洗濯機のボタンの多さには常々疑問を感じている。
翌日、お昼頃にスチャバ駅へ行き鉄道に乗った。
ここから7時間かけて首都ブカレストに移動する。
少し奮発して一等車にしたので、この移動はとても快適だった。
と思いきや実際はそうでもなかった。
スチャバから乗った時、一等車には自分を含めたったの3人しかおらず、しかもそのうち自分ともう一人の女性が隣同士の席だったので「こんなにスカスカなんだからどこへ座っても大丈夫よ」と言われ、それならと後ろの方へ移動したのだ。
遠回しに「どっか行って」と言われている気もしたが。
ところが、次の駅で停まると何人か乗ってきて「すみません。ここ私の席なんですけど」と言われ席を移るも、また次の駅で人が乗ってきて「あの、ここ私の席です」と言われ、なかなか一箇所に落ち着くことが出来なかった。
自分の席に戻ろうにも、先ほど自分に移動を命じた女性が足を伸ばし気持ちよさそうに寝ているので、座るに座れない。
結果、駅で停まる度に誰かが自分に声をかけてこないかビクビクしながら、時には席を移り一等車の中を駆け回ったのだ。
夜8時30分ブカレストに到着し、事前に予約していた駅から徒歩5分のホテルにチェックイン。
この日はシングルルームを予約していたが、なぜか4人部屋に案内された。
そして「今日この部屋はあなた以外誰もこないから、ここをシングルルームといて使ってくれる」と言われる。
まあ、誰も来ないなら別に良いかと納得したが、それから少しして4人組の飛び込み客が来たらしく「申し訳ないけど、この近くに提携してるホテルがあるからそっちに移ってもらえない?」と頼まれたので、断った。
翌日、市内を観光するため駅へ向かうと、ジョージアで同じ宿に泊まっていたKさんと偶然再会した。
Kさんは明日ブルガリアのソフィアへ移動するらしく、今日のうちにチケットを取りに来たらしい。
せっかくなので近くの喫茶店で少し話をした。
「ブカレストにはいつ着いたんですか?」と尋ねると、なんと着いたのは今日だと言う。
「それで明日ソフィアに行くなんて随分と駆け足ですね」と言うと、Kさんは少し小声になり「いや、ブカレストって結構治安が悪いらしいからさ」と言った。
詳しく話を聞いてみると、なんでもブカレストの中でも駅周辺は特に危ないらしく夜は絶対に出歩いてはいけないとのことだった。
さらに、マンホールの下には危ない人が住んでいて、夜になると地上に出てくるというにわかには信じ難いことも言われた。
夜になると地面から出てくる聞いて、セミやカブトムシが浮かんだ。
ブカレストでは少しゆっくりしようと思っていたが、そこまで言われたらさすがに少し怖くなってしまい、自分もKさんと一緒に明日ソフィアへ行くことにした。
Kさんと明日12時に駅で待ち合わせをして別れ、自分は市内観光へ向かった。
観光と言ってもただ大通りをふらふらしていただけ。
それも、マンホールを踏まないように歩きながら。
世界第2位の大きさを誇る建築物。
国民の館。
ちなみに1位は、アメリカのペンタゴン。
その夜、蒸し暑くなかなか眠ることができなかった。
窓を開けると蚊が入ってくるので暑さに耐える他なく、結局1時間ほどしか眠れず、夜が明けた。
待ち合わせの15分前に駅に行くと、すでにKさんは待っていた。
が、とても疲れた顔をしていたのでどうしたのかと聞くと、昨夜暑くてほとんど眠れなかったんだと答えた。
12時50分、予定通りに列車は出発した。
昨夜の睡眠不足を取り戻すべく二人とも寝る気満々だったが、この列車にはエアコンもなく窓も閉め切ってきてとても暑い。
耳栓にアイマスクをして何度も入眠も試みるも、全く眠れない。
出発して3時間もすると汗はだくだく、手足も痺れてきて熱中症みたいになってしまった。
それも見たKさんは「塩分取らないとまずいよ」と言い、カバンからひまわりの種を取り出した。
まさかハムスターの餌か?と思ったが、この辺りではポピュラーな食べ物らしく、割って中の身を食べるらしい。
それから貪るようにひまわりの種を食べ続けた。
なんとなくハムスターの気持ちがわかったような気がしないでもない。
眠るに眠れず暇を持て余していたKさんが「何かしない?」と言ってきたので、いざという時のためにスマホに入れておいた五目並べをすることにした。
ただ、二人とも相当ぐったりし思考も鈍っていたので、片方が4を作ってももう片方が気にせず攻め続ける局がかなりあった。
「Kさん、ここ4できてますよ」
「あ、またか・・・」
「・・・」
「やめようか」
「・・・はい。」
17時頃、出国審査のため1時間ほど停車。
暑さに耐え切れず外に出る。
暑さに耐え切れず外に出る。
隣の線路で列車の連結作業をしていたので近づいて見てみようと思ったら、上半身裸でサングラスで金髪の男性がいたので少しためらった。
見たところアジア人だが、おそらく、と言うかなんとなく日本人ではないだろう。
恐る恐る近づき、自分も隣に並んで連結作業を見ていると、いきなり日本語で「これ本当すごいっすよね」と言われ、少々たじろいだが「あなたもなかなかすごいっすよ」と心で中で思いながら、2人で連結作業を眺めた。
恐る恐る近づき、自分も隣に並んで連結作業を見ていると、いきなり日本語で「これ本当すごいっすよね」と言われ、少々たじろいだが「あなたもなかなかすごいっすよ」と心で中で思いながら、2人で連結作業を眺めた。
それから少し走ると、今度は入国審査のため1時間ほど停車。
20時近くなり、いよいよ眠気が限界に来た時、同じ車両のに乗っていた欧米人が酒を飲んだのか急に元気になって騒ぎ出した。
たまたまKさんと目が合い何か言うかと思いきや、「これだから欧米人は」と愚痴をこぼすことなく「はあー」と深いため息をつくこともなく、ただ死にそうな顔で二人で見つめ合っていた時は少し吹き出しそうになった。
23時、Kさんが突然大きく深呼吸したので何かと思ったら「もう一勝負いこうか」と言い出した。
正気か、と思ったが断る理由もないので乗った。
いや、断る理由はおそらくあった。
無言の対局が始まり、Kさんは先ほどよりもどこか凄みが増している気がしたが、これまでにない早さで瞬殺してしまった。
23時50分、ソフィア駅に着いた。
出発してからちょうど11時間。
人の全くいない真っ暗な道を歩くこと20分、今夜の宿にチェックインした。