残念ながら共産党ホールには入ることができず、泣く泣くカザンラクからソフィアに戻ってきた。
ブログではかなり駆け足でブルガリアを観光しているように見えるが、実際は2週間近くブルガリアにいて、そのうち10日ほどはソフィアに居ながら、ほとんど何もせずに過ごしていた。
市内を観光したのも、滞在5日目のこと。
ちょうどソフィアに着いたばかりの日本人女性の方がいて市内を観光すると言うので、便乗させてもらったのだ。
この女性は宗教や歴史にとても精通していて、教会を見つけては屋根や十字架の形から「これは〇〇式の教会」と教えてくれた。
「教会があったらとりあえず入るようにしてる」と言っていたのには少し驚いたが、考えていれば自分も国内を自転車で旅していた時は、「道の駅」があったらとりあえず入るようにしていたので、同じようなものだろうか。
いや、全く違うな。
そんわけで、この女性と市内観光をした1日以外は宿にこもり、写真を整理したりブログを書いたりしていた。
それもこれも泊まっていた宿が、とても居心地が良かったから。
中心部から離れているため、とても静かな環境。
相互不干渉的な宿の雰囲気。
ついつい長居してしまった。
だが、いつまでもダラダラと過ごすわけにもいかず、セルビアの首都ベオグラードに移動することに。
この区間の鉄道は夜行しかなかったので、それに乗ることにした。
中国以来の寝台列車。
基本的に鉄道が走ってる区間では、バスという選択肢はない。
バスの方が早くて安いことが多いが、脆弱なお腹を持つ自分には好きな時にトイレに行ける点で鉄道に分がある。
ブカレストからソフィアまで一緒に移動したKさんが、数日前にこの列車でベオグラードに移動したので、メールで感想を聞いたところ「6人部屋で決して快適とは言えない。ベッドは全部埋まるので覚悟した方が良い。ジュンさんは止めた方が良い。」と返ってきた。
まさか思い留まるように言われるとは思わなかったが、このメールは送信から2日経って返ってきたので、その間にチケットを取ってしまっていた。
なぜもっと早くメールを返してくれなかったのか、Kさん。
とりあえず、ベッドが全て埋まるなら早めに行って下段を確保しようと思い、さっさと支度をして宿を出た。
なぜ下段かというとまず1つは、大きなバッグは床に置くことが多いので荷物の近くで眠ることができる点。
次に、上段に上がるのが面倒くさい点。
最後に、万が一落下した時に衝撃が少ない点。
これらの理由から、ドミトリーや寝台列車ではできるだけ下段で寝るようにしている。
出発の2時間前に駅に着き、ホームをウロウロしていると一人の男が声をかけてきた。
「どこに行くんだ?」
これと同じ状況に覚えがある。
一週間ほど前にここソフィア駅で同じ質問をされ、行き先を言ったところ「それなら◯番ホームだ」と遠くのホームを指差して教えてくれた。
そしてお金を要求された。
重たいバッグを運んだならまだしも、あんたはその場で口を動かして腕を指先まで水平に伸ばしただけじゃないかと、この時は一銭も渡さなかった。
で、今。
どうせまたお金を要求してくるだろうと思い無視していたら、「ベオグラードか?なあ、ベオグラードだろ?」と言われ、「ま、まあ」と答えると「ならこちっだ。ついてきな」と自分のバッグを持とうとした。
「あっ、いいよいいよ。これはすごく重いから」
何が何でもバッグを持ってもらうわけにはいかない。
お金を払う口実にされる。
ここは絶対に死守。
ベオグラード行きの列車は隣のホームらしく、一度階段で地下に降りなくてはいけなかった。
階段を降りるときもバッグを持とうとしてくれたが、「本当に大丈夫だから、これものすごく重いから(それより前見て歩いて)」と言い、決して触らせなかった。
で、階段を上る時だがすぐ横にエレベーターがあるのに使おうとしない。
「ねえ、エレベーターを使おうよ」
「大丈夫、ノープロブレムだ」
「いや、プロブレムだよ」
最後のこの登り階段で勝負に出る気だな、この男。
いっそう気を引き締めバッグを運ぶ。
が、ちょっと気を抜いたすきに、側面の持ち手を掴まれてしまった。
なんてこった。
なんでこのバッグには持ち手が2つあるんだよ。
と、生まれて初めてバッグの持ち手の数にイラっとした。
男はハアハア言いながら「なあ、俺ちゃんとバッグ運んでるだろ?なっ?なっ?」みたいな雰囲気を出してるので、これはもうお金払うしかないなと思った。
階段を登りホームに着き、さあいくら請求してくるんだと思った時だ。
自分はこの時右手でバッグを持ち、左手には列車の中で食べるために宿の近くの中華料理屋で買っておいたチャーハンを持っていたのだが、その袋の底が裂けてチャーハンをホームにばらまいてしまったのだ。
もっとこう、ベチャッとなるものだと思っていたが、無残に散らばるチャーハンを見て、ああ結構パラパラだったんだな。食べたかったな。
と惜しい気持ちになった。
タッパを使って掻き集めていると、男もしゃがんで手伝ってくれた。
素直に嬉しかった。
しかしバッグを持ってもらい、あまつさえばら撒いたチャーハンの処理まで手伝ってもらい、これは相当のお金は覚悟しなきゃなと思っていたら、男はチャーハンの入った袋を持つと「このホームにいればオーケーだ」と言いそのままどこかへ行ってしまった。
それを見てぽかーんとしてしまったが、男はただの最高に優しい人だったのだ。
終始疑っていたことを反省しつつ、失ったチャーハンの代わりにワイン3本を駅の売店で買い列車に乗った。
車内は3段ベッドが2つ。
Kさんから聞いた通り6人部屋だ。
写真で伝わるかわからないが、とても狭い。
そして暗い。
あと怖い。
まだ部屋には誰もいないようだったので、速やかに下段にシーツを敷き確保。
試しに横になってみると、ベットの幅が結構狭いことに気づく。
少し寝返りをうてばおそらく落ちるだろう。
自分がベッドから落ちるのはまあ良いが、もしもそれから立て続けに5人の大柄な欧米人が降ってきたらどうしよう。
打ち所が悪ければ大事に至りかねないなと、少し不安になった。
が、そんな不安をよそに自分の部屋には誰も入ってこないまま、列車は予定通り20時半に出発した。
予想外の貸切に少し嬉しくなり、他の5つのベッドに順番に横になり寝心地を比べたりした(どれも同じ)。
そして、何故か鼻血が出た。
考えれる原因はおそらくひまわりの種の食べ過ぎだろうか。
シーツに一滴だけ垂らしてしまった血を見て、ちょっと日本を思い出した。
すぐにティッシュを鼻に詰め、手を洗うべく部屋の外に出たら、欧米人グループに大笑いされた。
鼻血の対処でティッシュを鼻に詰めるというのは、世界共通ではないのだろうか。
出発して1時間ほどで出国審査。
審査官が各部屋を周りパスポートを回収していく。
「この部屋は一人だけか?」
「はい」
そう言うと、ベッドの下を調べ始めた。
何も隠しちゃいませんよ。
それから、すぐに入国審査。
「この部屋はお前だけか?」
「は、はい。」
また、ベッドの下を確認する。
だから何も隠しちゃいませんよ。
時刻は22時。
何となく隣の部屋が騒がしくなってきたので、耳栓をして寝ることに。
欧米人は夜に強いなとつくづく思う。
硬くて狭いベッドで寝られるか不安だったが、すっかり熟睡しまったらしく翌朝6時に車掌さんが起こしに来てくれた。
「あと20分でベオグラードだぞ」
「・・・ん。」
目を開けるとベッドの上にいた。
どうやら落ちなかったようだ。
コメント
行きたかった所に行けなかったりやりたかっつことが出来なかったりするととても悔しいよねー!私はアマゾンでピラニアを釣りたかったのに、釣れなかったのが一番悔やまれる思い出(笑)アマゾン行って、釣りしたのにほぼ釣れるというピラニアが釣れなかったという。ついてないわ(-_-)
道中、やたらに親切にされたりすると、疑うのは仕方ないよね、そういう話聞くもん!私は親切にしてくれたタクシーのおっちゃんが最後にチュー迫ってきたときは何とも言えない気持ちになったよ(笑)
そうなんですよー。ブルガリアの共産党ホールは特に楽しみにしていたので本当にショックでした。。
ピラニア釣り笑 そんなアクティビティがあるんですね!
疑ってしまうのですが、それが本当に親切心からの行為とわかると罪悪感を感じてしまいます。。
タクシーのおっちゃん、それはやりすぎですね笑