そしてこうなった。

前回の続き。

この瞬間、色々な思考が頭の中を駆け巡った。

目の前の女性に頼み込んで、一晩だけ泊めてもらおうか。
タクシーを呼んでもらって空港に戻り、今度こそメインビーチ沿いのホテルに泊まろうか。
いっそ今日は空港泊にしてしまおうか。

そんなことを考えていると、女性が「この先の角を右に曲がって少し行くとゲストハウスがあるわ。そこなら多分やってると思う」と教えてくれた。
助かった。これで路頭に迷わなくて済んだと思い、女性に深く頭を下げ言われた方へ歩いた。

500mほど歩くと先ほどより大きな緑色の家があった。
家の前の看板には筆記体でゲストハウスの名前が書いてある。
女性が言っていたのはここだなと思い、ドアを2,3回ノックした。

するとバスタオルに身を包んだ若い女性が出てきた。
一瞬、違うドアをノックしたのかと焦ったが、どうやらこの宿の人でちょうどシャワーを浴びていたところだったようだ。

なんとなく申し訳ない気持ちになりながらも「部屋は空いてますか?」と聞くと、「ちょっと待って」と手でアイズをして家の中へ戻っていった。

少ししてオーナーと思われる男性が出てきた。
上半身裸で髪を頭の上で結んでいるとてもワイルドな人だった。
きっとこの人とさっきの女性が夫婦で営んでいるのだろう。

オーナーは自分の疲れ切った顔を見て何かを察したのか、「大変な思いをしたねえ」と言わんばかりに中へ迎え入れてくれた。
そして「とりあえず座りなさい」と言って自分をソファーへ促すと、奥から紅茶を持ってきてくれた。
それから宿の説明や周辺のお店の営業時間、安くてオススメのレストランなどをとても親切におしえてくれた。
一通り話し終えると「それじゃ、ゆっくりしていきなさい」と言って2階へ上がっていった。

部屋に入りドアを閉め、ベットに倒れこんだ。
何かを考えていないと思わず眠ってしまいそうだ。
肉体的にも精神的にも疲れが溜まっているのがわかった。

ただ、寝床を確保できた安心感のせいか急にお腹が空いてきた。
考えてみ見れば、今日食べたものは飛行機に乗る前のサンドイッチだけだった。
宿の見つからないイライラや不安で空腹を忘れていたようだ。

オススメの場所も聞いたし何か食べに行こうとベッドから起き上がると、とても大事なことを忘れているのに気がついた。
それはお金が足りないかもしれないということだ。
明日の午後にはタイのリペ島に渡るため、お昼に空港に着いた時には必要最低限のリンギット(マレーシアの通貨)しか引き出していなかった。
宿代は予約の時にクレジットで支払っていたため、ここで払うお金はもちろん計算に入れていない。

とりあえず財布の中を確認してみた。
すると全部で77リンギットあった。
約2200円だ。

ここから明日のフェリーターミナルへのタクシー代25リンギット(約700円)を引く。
残りの53リンギット(約1500円)で、今夜と明日の食事をとる計算だった。
1食750円というと、東南アジアにしてはかなり余裕の計算だったが、ここから今日の宿代が引かれることになる。

部屋を出るとちょうど女性が廊下を掃除していた。
焦る気持ちを抑えながら宿代を聞いてみると「1部屋50リンギットよ」と言われた。

この瞬間、残り3リンギット(約90円)で今日と明日の朝食を取ることが確定した。
いや、さすがに東南アジアと言ってもこれは厳しい。
ましてここはランカウイ島だ。
物価はマレーシアの中でも比較的高い。

こうなるともう一度お金をおろす以外に道はない。
ただ、この近くにはATMがないのでまた空港まで行くことになる。
いったい何度空港へ行けばいいのやら。

時刻は20時。
空港まではおよそ10kmある。
歩いて空港まで行き、お金を引き出したついでにそこで何か食べ、また歩いて帰れば22時に宿に戻れるか。
そんな計算をしてみるが、ぜったに実行したくはない。

2階へ上がりダメもとでオーナーに聞いてみた。

「自転車を借りることはできますか?」

「ご飯を食べに行くのかい?」

「いえ、空港までお金を引き出しに行きたいんです。少し足りなそうで」

「残念だけど自転車はないよ」

やはりダメだった。

しかし、オーナーは少し考えて「この近くの友達がバイクを持ってるから、今持ってこさせる。それで空港まで行きなさい」と言ってすぐに電話をかけ始めた。
なんて優しい人なのだろうか。

だが本当はこの時に、バイクに一度も乗ったことがないことを言うべきだった。
しかし、自分が「バイク乗ったことないんですよね」を英語に変換するより、オーナーが電話をかける方が圧倒的に早かった。

オーナーは電話しながら「部屋で待っていて大丈夫だよ」とジェスチャーをしている。
電話が終わってから言うしかないなと思い、とりあえず部屋に戻った。
少しするとオーナーが来て「あと5分くらいで着くみたいでから」と笑顔で言ってくれた。

これ以上ないくらい罪悪感を感じながら「実はバイク乗るの初めてなんですよね」と言った。
オーナーは驚いて目を丸くした。
しかし、それはほんの一瞬ですぐに真顔になると信じられない言葉を口にした。
「よし、じゃあ今から数分で乗り方を教えるから外に出なさい」と。

ヘルメットをかぶり外に出ると、オーナーの説明をこれ以上ないくらい真剣に聞いた。
しかし、説明されたことは「右のブレーキは前輪のだからほとんど使わないよ」だけだった。

そして「じゃあ突き当たりまで行って、ターンして戻ってこようか」と言って、30mほど先を指差した。
さすがにさっきの説明だけでは無理があるのでは、と思いながらバイクにまたがり少しずつアクセルを回してみた。
するとエンジンの音ともにゆっくりと動いた。
なんとなく自転車に乗る感覚に似ていないこともない。

バイクに乗っている意味がないくらいの速度でなんとか突き当たりまで行った。
振り返るとなぜかオーナーはいなかった。
そして少しすると、ヘルメットをかぶって出てきた。

何事かと思っていると、バイクでこっちまで来て「よし、大丈夫そうだ。それじゃ俺が空港まで先導するから、後ろからゆっくりついてきなさい。」と言って走り出した。
どこまで優しいオーナーなのだろうか。
そして本当にさっきのおぼつかない運転で大丈夫なのだろうか。

広い道路に出るとき一瞬だけ怖かったが、車が全くと言って走っていないので意外と安心して走れた。
そしてある程度のスピードが出ていた方が車体が安定することに気づいた。
初めはオーナーのテールランプを追うのに必死だったが、少し余裕が出てくると視界が広がり周りの風景が見えてきた。
薄暗い中、田園地帯を走ってるようだった。

時々、草の匂いがしたり生暖かい風が身体に当たるのを感じた。
このとき受けた風の気持ちよさは、きっとそうそう忘れられない。
いつしか疲れはなくなっていた。

やがて空港の近くのスーパーに着くと「ここにもATMがあるから、引き出すといい」と教えてくれた。
そして「俺はこれからビーチまで行って飯を食べるから一緒に来なさい」と言って再び走り出した。
田園地帯から海沿いの道路へと景色は変わり、草の匂いは潮の香りに変わった。

ビーチに着くとオーナーは一軒のバーへ行き「ここは俺の友達がやっているんだよ」と言って、一杯ごちそうしてくれた。
そして、22時に店の前で待ち合わせをしてオーナーはフラフラと別のバーの中へ消えていった。

とりあえず波打ち際を歩いた。
あたりはすっかり暗くなっていたが、なんとなく海が凪いでいるのがわかった。
砂浜には小さな木製のテーブルと椅子がいくつかあり、テーブルの上でキャンドルが灯っている。
海の向こうには船の明かりなのかわからないが、緑色の光が無数に輝いている。
とても神秘的だ。

もし最初の宿にすんなり着いていたらこんな景色を見ることはなく、今頃はベットの上で眠っていたんだろうか。
ふとそんな考えが浮かんだ。

また全身で風を受け、少し先で光るテールランプを追いかけながら宿へと向かった。

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